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エンジニアと一緒に、
「新しいものづくり」をしていきたい。

中澤 優子(なかざわゆうこ)さん

1984年生まれ。中央大学経済学部を卒業後、カシオ計算機株式会社にて携帯電話やスマートフォンの商品企画に従事。2012年に同社を退職。翌年、秋葉原にカフェをオープン(現在も営業中)。2014年にはハッカソンに参加してIoT弁当箱「XBen(エックス・ベン)」を企画・開発し、経産省フロンティアメイカーズ育成事業に採択される。2015年7月、株式会社UPQ(アップ・キュー)を設立し、代表取締役に就任。

会社を立ち上げてからわずか2ヶ月で、24もの製品をリリースした中澤さん。自身はエンジニアではないものの、多くのエンジニアと関わってきた中澤さんが考える、これからの「ものづくりのあり方」とは?

私はもともと機械オンチ。
テレビもスピーカーも叩いて直していた。

大学入試の時点で、同級生たちは皆、明確な夢に向かって歩んでいましたが、私は特にやりたいことはありませんでした。そんな私が中学の頃から興味を持っていたのが携帯電話。テレビやスピーカーの調子が悪いときはバンバン叩いて直していた私ですが、携帯電話だけは使いこなし、機能についてもすべて把握していました。また、しょっちゅう携帯電話を壊したり失くしたりして、買い替える度に新しい機種を使っていました。そのこともあり、就活を目の前にしたときに「私だったらもうちょっと良い携帯電話を作れるんじゃないかな」とふと思い、携帯電話を作っているメーカーにまずは話を聞きに行きました。すると、父親ほどのオジサマたちが女子向けだ!と言って、ピンク色のきらきら携帯電話を作ったんだ、と話してくれたのです。その「女子ならピンク、きらきら、ハートマーク、で大丈夫」と強く確信している様子をみて、もしかして、自分にも何かできることがあるのではないかと思い、「携帯電話をつくる人」を希望して就活をはじめました。大学卒業後、カシオに入社し、「携帯電話をつくる人」になれたたわけですが、つまり、もともとは機械や設計に興味があったわけではなく、ユーザーとしてもっとおもしろいものを作りたいと思ったのが、ものづくりに対する最初のアプローチでした。

カシオに入社してみると、周りは携帯開発のプロのエンジニアばかり。緑の板がそこら中に転がっていたり、わからない言葉が飛び交っていたり。そして、皆の目を輝やかせて開発していました。外側にいたら見えなかった「作り手の想い」を感じ取ることができました。気がついたら1年も経たないうちに「携帯の中身はこうなってるんだ」「こうやって部品を選定しているんだ」というのが細かいところまで分かるようになっていて…。会社からそうしろと言われたわけではないのですが、本気の趣味の延長と言いますか、興味があって好きでそうしていたんです。おそらくデザイン・物流・販売といった話だけをしていたら面白くなかったでしょうね。ものがあって、どういう成り立ちで作られているかを理解して、ちょっと工夫したらユーザーからのフィードバックが確実に変わる。そういうエンジニアリングをプロの職人集団と一緒にやってきたからこそ、面白かったんだと思います。

CAREER SOLUTION

時代と立場に合わせた、エンジニアの輝き方がある。

前川孝雄さん

エンジニアと一緒に、「新しいものづくり」をしていきたい。

中澤優子さん

大手メーカーにもエンジニアにも、できることは、まだたくさんある。

津村敏行さん

未来の生活が変わるイメージを、技術で具現化する。

松井龍哉さん

MY ANSWER

設計という、課題解決。

平野庸平さん

技術を身につければ、「やりたい」は叶えられる。

齋藤寛夫さん

見えてくる課題から、まだ見えないものを描いていく面白さ。

小森修さん