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CAREER LAB【ロケット開発特集Part1】いよいよ、宇宙開発が面白い!日本のロケット開発の歴史

【ロケット開発特集Part1】いよいよ、宇宙開発が面白い!
日本のロケット開発の歴史
DATE2017/05/24

かつて「ホリエモンが宇宙開発に投資」というニュースが話題になりましたが、最近また日本でも宇宙開発・ロケットに関するニュースが増えてきたと思いませんか?
この動きは、宇宙に関する2つの法律が成立したことがきっかけとなっています。2016年3月に閣議決定され11月に国会で可決・成立した「宇宙活動法 (国際的な宇宙ビジネスの推進)」と「衛星リモートセンシング法 (商業衛星による画像の利用や管理を規制)」の2つです。
今までJAXA(宇宙航空研究開発機構)に独占されていた宇宙開発が、いよいよ日本で、民間企業もできる時代になったわけです。宇宙開発の民営化です。
米国では、Amazonのジェフ・ベゾス氏がBlue Originを設立し、Teslaのイーロン・マスク氏がSpace-Xを設立し、宇宙開発に乗り出してします。
宇宙開発において、日本企業は米国企業に遅れています。これからの頑張りに期待しましょう。

ところで宇宙開発って何?

宇宙開発には以下4つの側面があります。

- 技術開発
- 調査・研究
- 地球観測・測定
- ビジネス

宇宙開発といえば、ロケット打ち上げを連想しますが、これは技術開発です。例えば、JAXAが2020年の打ち上げを目標にしているH3ロケットです。また、数年前に注目をあびた「はやぶさ」は小惑星イトカワの構成物質の採取を目的とした、調査・研究の小惑星探査機でしたが、その一方で「はやぶさ」はイオンエンジンの実証実験も兼ねていました。その意味ではこれも技術開発です。
調査・研究としては、宇宙空間での実験を行う国際宇宙ステーション(ISS)の日本実験棟/国際宇宙ステーションがあります。月探査、火星探査も調査・研究です。
同じく宇宙での調査・研究には、地球観測もあります。気象観測や資源探査などです。最近では、環境破壊に関連してCO2濃度測定や海流観測も行われています。
ビジネスとしての宇宙開発では、日本のロケットによって外国の衛星を衛星軌道に打ち上げる、ということなどが該当します。日本のロケットベンチャーであるインターステラテクノロジズ社の打ち上げサービスもこれに該当します。さらに気象観測データや資源探査データ、CO2濃度データ等の民間企業への販売も宇宙開発のビジネス側面です。
今は調査・研究、観測・測定、技術開発に分類されている活動も、いずれビジネスになっていくのでしょう。いずれは、月や火星への移住や資源開発もビジネスとなるでしょう。

さて前置きがだいぶ長くなってしまいましたが、今回はロケット開発の歴史を紹介します。
以下に主要国におけるロケット開発の歴史を示します(図1)。記事のPart-1でまず日本での歴史を紹介し、Part-2で世界各国の歴史を紹介します。

図1 日本・世界各国 ロケット開発の歴史

日本におけるロケット開発の歴史

ロケットとは、先端部に人工衛星や宇宙探査機などのペイロード(積荷)を搭載して宇宙空間の特定の軌道に投入させる手段です。これについてはPart-2で紹介します。
因みに、ロケット先端部に核弾頭や爆発物などの軍事用ペイロードを搭載して標的や目的地に着弾させる場合にはミサイルと呼ばれます。

ロケット開発の体制

日本の宇宙開発は、1955年、東京大学生産技術研究所の糸川博士による「ペンシルロケット」の水平発射試験成功に始まります。長さわずか23cmでした(図2)。

出典:Wikipedia

図2 ペンシルロケット

今でこそロケット開発はJAXAに統一されましたが、それ以前は日本の宇宙開発は2つの系列で行われていました。図3にその変遷を示します。
- 固体燃料を使用して比較的小型の科学衛星を打ち上げる東大・ISAS(文部省系列)
- 液体燃料を使用して実用衛星の打ち上げを目指すNASDA(科学技術庁)

図3 日本のロケット開発体制の変遷

固体燃料ロケット開発

ペンシルロケットに始まったロケットは「ベビー」「K(カッパ)」と徐々に大型化し、1970年には「L(ラムダ)-4S」ロケットによる日本初の人工衛星「おおすみ」の打ち上げに成功し地球周回軌道に衛星を投入しました (以下、図4参照)。
こうして、日本はソ連・米国・フランスに次ぎ世界で第4番目の衛星打ち上げ国となりました。
宇宙航空研究所はこの勢いに乗り、より多様な衛星を打ち上げられるよう、ロケットのさらなる大型化のため、M(ミュー)ロケットの開発を始めます。そして、第1世代の「M-4S」により、1971年に日本初の科学衛星「しんせい」の軌道投入に成功。さらに能力を向上させた第4世代の「M-3SⅡ」は、1985年にハレー彗星に向けて「さきがけ」「すいせい」といった2機の探査機を打ち上げました。
全段固体燃料のロケットで地球重力圏の脱出に成功したのは、M-3SⅡが世界で初めてでした。
そして、日本の固体燃料ロケットの集大成として完成したのが第5世代の「M-V」ロケットです。1998年の火星探査機「のぞみ」や2003年の小惑星探査機「はやぶさ」の打ち上げなど実績をあげましたが、打ち上げコストの問題から2006年には退役しました。
2013年の惑星分光観測衛星「ひさき」打ち上げからは、後継機の「イプシロン」ロケットに引き継がれました。「イプシロン」は本体設計と管制システムを刷新することで、最終的に打ち上げコスト従来比1/3(30億円)を目指して、今も開発が続いています。

図4 日本が開発した固体燃料ロケットの進化

液体燃料ロケット

日本の液体燃料ロケット開発の具体化は1970年に米国デルタロケット技術の導入に始まります。開発が遅れたのは、液体エンジンは固体エンジンに比べ構造が複雑で開発難易度が高く、しかも日本にはその技術の蓄積がなかったことによります。
しかし、技術導入後、図5に示すようにロケット開発の大型化と国産化はハイペースで進みました。

図5 液体ロケット開発の歴史

とは言いつつ、すべてが順調にいったわけではありません。
H-Ⅱロケットは、94年の試験機打ち上げ以降3回は連続成功しましたが、その後98年・99年と2回連続で失敗し、開発をH-ⅡAに切り替えるということも起こりました。
その甲斐もあり、H-ⅡAは、2001年に試験機の打ち上げを実施して以降、現時点(2016年11月現在)で打ち上げ総数は32機、成功率は96.8%と世界的にも最高レベルの信頼性を誇るロケットとなっています。
さらに2009年には、第1段エンジンを2基に増強した「H-ⅡB」ロケットも完成、こちらも5機連続で成功しています。成功率は100%です。
以上のように着実に実績を積んできた日本のロケット開発は、現在、2020年の打ち上げを目指し、H-ⅡA比でコスト半減し、国際競争力のあるH-Ⅲロケットを開発中です(図6)。

図6 ロケットの仕様と成功率

今回は、宇宙開発の実際と日本のロケット開発について紹介しました。
宇宙開発はこれからです。やるべきことは、まだまだ拡大中です。
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次回Part-2では、他国でのロケット開発の歴史と実情を紹介します。

筆者: 鈴木浩之 (株式会社 ICTラボラトリー 代表取締役)


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